蛋白が感染するープリオン病の不思議

プリオン病は、コンフォメーション(立体構造)が異常な型に転換したプリオン蛋白を鋳型にして、体内で産生される正常型プリオン蛋白の立体構造が異型に転換して脳に蓄積することで脳機能が崩壊する疾患です。蛋白で感染するという不思議な病気なのです。この仲間には、ヒトのクロイツフェルト・ヤコプ病(俗称ヤコブ病)、狂牛病(正式には牛海綿状脳症)、羊のスクレイピーなどがあります。

プリオンはあなたの脳にも
253アミノ酸残基からなるプリオン蛋白の遺伝子は20番染色体にあり、特に神経細胞で多量に発現しています。従って、あなたの脳細胞もたくさんのプリオン蛋白を産生しています。でも、これは正常型のプリオン蛋白なので、重合してアミロイドとなって脳に沈着することは通常はありません。ところが、蛋白の立体構造がβシート構造に変化した異型プリオンは、近くにある正常プリオンの立体構造を次々と異型プリオンに変えてしまう性質を持っています(図)。このため、異型プリオンが微量でも体内に取り込まれると、脳に到達して鋳型となって神経細胞に豊富にある正常型プリオンをどんどん異常型に変換してしまうのです。原料となる正常型プリオンは神経細胞が産生するので原料には事欠きません。さらに異型に構造転換されたプリオン蛋白も鋳型に加わるのでこの反応は加速度的に速まります。また、ごく希にプリオン遺伝子に変異を持つ人があり、加齢とともに異型プリオンが脳内で自然に形成されて脳障害を発症します。この場合は感染ではなく(外来の異型プリオンを必要としない)、遺伝性プリオン病といいます。

食べた蛋白がどうして脳に行くの
異型プリオンの重合体は蛋白分解酵素に抵抗性なので、消化酵素によってアミノ酸に分解されません。こうして胃酸や消化液のバリアを通り抜け、腸管(回盲部)のリンパ組織に潜り込み、濾胞樹状細胞にある正常型プリオンを異型プリオンの仲間に引き入れてから、神経線維を伝わってシナプスを越えて脳に到達するようです。脳に到達した異型プリオンはじっくりと時間をかけて鋳型となる仲間を増やします。このために五~十年の長い潜伏期が必要なのです。ところが、異型プリオンがある程度増え始めて神経症状を発症すると、プリオン蛋白の凝集・蓄積は急激に進み一年程で脳機能を全廃し死に至るのです。

脳を食べてはいけない
パプアニューギニアのフォア族には葬儀の際に女や子供が人食いの儀式を行って愛情を示す風習があり、この儀式に参加した女子供たちが歩行障害(小脳性運動失調)で発症し海綿状脳症で死亡するクールーといわれる病気が蔓延していました。後にノーベル賞を受賞するガジュセックはクールーの剖検脳をチンパンジーに接種し、2年後に海綿状脳症を確認して感染を証明しました。1960年にこの儀式が禁止されるとクールーは消滅し、食人との因果関係が確立しました。筆者が大学院生の時に薫陶を受けた東大医科研の川村教授は、研究で台湾に滞在したおりに食した猿の脳はとろっとして美味だったとよく話しておられましたが‥‥‥。

羊から牛を経てヒトへ
羊には古くからスクレイピーという海綿状脳症がありました。羊の食用に向かない部分がいつしか草食動物である牛の餌に混ぜられるようになり、スクレイピーが種を越えて牛に感染して拡がったのが狂牛病であることは皆さんご存じと思います。この狂牛病に感染した牛の不食部分から作られた肉骨粉が英国で十数万頭の感染を引き起こしたばかりでなく、EU各国(おそらく日本にも)に輸出され狂牛病の世界的蔓延を引き起こしました。そして、牛から人にまで感染が拡がったのです。ヤコブ病は通常40歳を過ぎてから発症するのですが、英国では20代の若者がヤコブ病に罹り、新型ヤコブ病として注目されました。さらに新型ヤコブ病が牛からヒトに伝播した可能性が疫学的に示されました。牛の解体作業中に脳や脊髄を切断した切りくずが付着した食肉からの感染が疑われています。

薬害ヤコブ病
幾多の死体から集めた脳下垂体を原料に抽出精製された成長ホルモン剤が小人症の治療に使われた時期があり、異型プリオン蛋白が混入した注射液により多くの小児がヤコブ病で命を落としました。また、本邦では死体から取り出された硬膜を原料とする輸入乾燥硬膜が97年に禁止されるまで脳外科手術で多量に使われ(年間2万例余り)、手術後数年から十数年の潜伏期を経てヤコブ病が70例以上発症して訴訟に発展しています。フランスではプリオン混入成長ホルモンを注射した医師が殺人罪で訴えられました。製薬会社にミスがあっても、それを使用した医師が訴えられることもあり得るのです。これらは、いずれも材料をたくさん集めて一括処理したため、材料の中に一例だけ異型プリオン陽性の材料が混ざっていても集めた材料全体に汚染が拡散し、被害が大きくなったといわれております。

アルツハイマー病との共通点
筆者が研究テーマにしているアルツハイマー病でも、通常は除去されてしまうβ蛋白が、膜で特殊な修飾を受けたβ蛋白を種にして立体構造転換し、これが重合してアミロイド線維を形成すると考えられています。このアミロイドが老人斑として沈着し続けると痴呆を発症するのです。このように、アルツハイマー病とプリオン病には同じような機構があるので、両者を合わせてコンフォメーション病という概念が提唱されています。蛋白の立体構造をコントロールする治療法は、プリオン病ばかりでなくアルツハイマー病の治療法としてもその開発が期待されているのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です